マニュアルはなぜ使われない?
製造現場の技術継承を失敗させる「できる人バイアス」の罠
こんにちは、 システムエンジニアの上野です。
※この記事は、筆者(上野)の過去の個人的な実体験に基づき、製造業におけるデータ活用の課題と「伴走支援」の重要性について考察したものです。ケーエスピー株式会社の公式な見解や、特定の企業様(過去の在籍企業を含む)を批判・評価する意図は一切ございません。
🤯はじめに:「見て覚えろ」も「完璧なマニュアル」も、もう限界です。
製造現場の技術継承は、いつの時代も悩みの種です。
- 「マニュアル通りにやらない」
- 「新人が育つ前に辞める」
- 「ベテランのノウハウが言語化できない」
もしあなたが今、「完璧なマニュアルを作っても、結局使われない」「高額な動画ツールを入れたのに、誰も見ない」と、過去の失敗にトラウマを抱えているなら、少しの間、薄っぺらいAIの夢物語を忘れて、この「辛辣な真実」にお付き合いください。
実は、その失敗は必然です。
私は製造業で15年間、現場の統括から開発までを経験し、その後SEとしてDXの現場を見てきました。エリートではないSEだからこそ、エリートが見落とす「現場の当たり前」に気づきます。その根本原因は、単なる「めんどくさい」ではなく、人間の本質的な認知バイアスにあるからです。
この記事は、あなたの会社の「技術継承」を失敗させている根本原因を言語化し、AI時代の今だからこそ可能な「マニュアル作成の逆転の発想」を提示します。
1. なぜ「きれいなマニュアル」ほど現場で使われないのか?
多くの企業で、マニュアル作成は「できる人」、つまりベテランや教育担当者が行います。これが、技術継承を失敗に導く最大の罠です。
1-1. 「できる人バイアス」が”ノイズ”を排除する
ベテランがマニュアルを書くとき、彼らの脳内では無意識に次の処理が行われます。
「こんな当たり前のことは、書かなくてもわかるだろう」
この「当たり前」こそが、新人にとっての最も重要な情報、つまり「ノイズ」です。
例えば、「糊を塗る」という作業一つとっても、ベテランは「早く」「均一に」塗るための独自のノウハウを長年の経験で身につけています。彼らは、そのノウハウを「標準手順」として記載します。
しかし、新人の「手つき」や「性格」によっては、その手順が必ずしも最適とは限りません。マニュアルが、「なぜそうするのか」という理由や、「これをやると失敗する」という禁止事項(地雷)ではなく、単なる「手順(結果)」だけを記述しているとき、それは新人の思考を停止させます。
過去に書いた[日報の書き方]に関する記事でも言及しましたが、結果だけを記録することに意味はありません。「過程」と「なぜそうしたか」の思考の断片こそが、技術継承のヒントなのです。
1-2. 「排除の論理」が標準化を阻む
ベテランが書いたマニュアルは、彼らにとっての「唯一の正解」を定義することで、それ以外の有効な手順をすべて「排除」してしまいます。
- 「なぜここから作業を始めるのか?」
- 「なぜこの順番でネジを締めるのか?」
そこに明確な理由(製品品質に影響がある、安全性が損なわれるなど)があれば良いのですが、多くの場合、それは単なる「その人のやり方(癖)」に過ぎません。
均一性や品質を保つという目的は理解できますが、それは「手順の統一」ではなく、「最終的な結果と禁止事項の統一」で達成できるはずです。
マニュアルが「手順の全て」を細かく規定することで、新人の「工夫」や「気づき」の余地を完全に奪い、結果として「使われないマニュアル」が完成するのです。
2. 「マニュアルは、教わる側が作るもの」
という逆転の発想
では、どうすればいいのか。答えはシンプルです。
2-1. ベテランの仕事は「ゴール」と「地雷」の定義だけ
発想を逆転させましょう。マニュアル(手順書)は、「新人に書かせる」のです。
- 教育係の仕事(ベテラン):
- 「正解(ゴール)」を明確に定義する。(最終的にどういう状態になっていればOKか)
- 「禁止事項(地雷)」を明確に定義する。(これをやると品質に問題が出る、危険である)
- 禁止事項の「理由」を伝える。(「なぜ」を教える)
- 新人の仕事(教わる側):
- 教わった「正解」と「禁止事項」を念頭に、自分が理解できる言語で手順を書き留める(メモ)。
- その日の終わりに、そのメモを清書・記録する。
新人が自ら「手順(ルート)」を描くことで、それは一番「安全で、その人にとって分かりやすい地図」になります。ベテランの知恵は「推薦ルート」として教えるべきですが、あくまで「推奨」に留める。
重要なのは、「禁止事項にさえ触れなければ、どんなルートを通っても、最終的なゴールに辿り着ける」という自由度を持たせることです。この考え方は、[データ運用の鉄則]や[在庫管理の仕組み化]にも通じる、本質的な「システム思考」です。
2-2. 安全なAI活用:「NotebookLM」に”新人の走り書き”を食べさせる
この「新人のメモ」をマニュアルの核とする運用は、アナログな時代には非常に手間がかかりました。しかし、今や時代が変わりました。
ここで重要なのが、どのAIを使うかです。 なんでも答えてくれる一般的なAI(ChatGPT等)をいきなり現場に導入するのは危険です。平気で嘘をつく(ハルシネーション)可能性があるからです。(参考:総務省|令和6年版 情報通信白書|生成AIの課題)
私が推奨するのは、「Google NotebookLM」の活用です。 これは、「読み込ませた資料(ソース)」のみに基づいて回答を作成するAIです。嘘をつかず、与えられた「新人のメモ」と「ベテランの禁止事項」の中だけで思考します。
- 教育係が「禁止事項」と「理由」を事前にNotebookLMに登録する。(知識ベース)
- 新人が、毎日教わった内容を自分の言葉でPCに入力する。(データ入力)
- NotebookLMがそのデータを読み込み、文脈を理解した「FAQ形式のマニュアル」として機能する。
従来の動画分析のように「一般的な動作」を抽出するのではなく、「現場の新人にとって、何が分かりにくかったか」という生きたデータが蓄積されます。
- 新人が質問を投げれば、「正解」「禁止事項」のソースに基づいて回答。
- 新人の手順メモの中に「禁止事項」に触れる要素があれば、AIが即座に指摘。
- ベテランの教えにズレがあれば、AIが過去のデータとの矛盾を検知し、教えてくれる可能性すらあります。
これが、私が考える「真のDX」の第一歩です。「人が10年かけて覚えた技術を、後輩が5年で達成する」ための、ノウハウの高速複製エンジンです。
3. 実行にお金はかからない。
問われているのは「覚悟」だ
「そんな運用、本当に効果が出るのか?」
正直、やってみないと分かりません。しかし、これを実行するのに、高額な新規ツールは必要ありません。あなたの会社が今使っているExcelや、無料のGoogleアカウントがあれば、すぐにでも始められます。
変える必要があるのは、「教育のやり方」と「マニュアルの定義」です。
「仕組み化」とは、10分の作業を5分にするために8時間かけることを厭わない、その「めんどくさい」の先にあります。そして、この「めんどくさい」の積み重ねこそが、未来の貴社の技術と競争力を守るための唯一の道です。
3-1. 🫵最後に、あなたに問います。
技術継承が進まず、ベテラン頼りの現場で、もし彼らが明日いなくなったら、あなたの会社はどうなりますか?
そのリスクを放置しますか?それとも、安価で始められるこの「逆転の発想」を、小さな一歩として踏み出しますか?
▶︎次のステップへ
この「新人に書かせるマニュアル」をどうやって社内で実行し、NotebookLMに効率よく入力・蓄積していくか?次回の記事では、具体的な「仕組み化編」として、現場での運用ノウハウを掘り下げます。
「うちの現場では無理だ」と感じている、本当に悩んでいる“たった一人”の経営者・担当者の方。
まずはお問い合わせから、貴社の「めんどくさい」を言語化するところからご一緒させてください。
私は、製造現場の「もったいない」を知るSEとして、その「めんどくさい」に隠された「お宝データ」を発掘し、仕組み化するお手伝いをしています。
「ウチも同じ問題を抱えている」 「何から手をつければいいか、一緒に考えてほしい」
そうお考えの経営者様、ご担当者様。 まずは、あなたの現場の「めんどくさい」を、私に聞かせていただけませんか。
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