その入力、本当にムダですか? 製造現場の「暗黙知」を宝に変えるDXの本質

 こんにちは、システムエンジニアの上野です。

※この記事は、筆者(上野)の過去15年の製造現場経験と、現在のSEとしての知見に基づき、製造業におけるデータ活用の課題と「伴走支援」の重要性について考察したものです。ケーエスピー株式会社の公式な見解や、特定の企業様(過去の在籍企業を含む)を批判・評価する意図は一切ございません。

 皆さんの現場では、こんな“違和感”はありませんか?

  • 「いつも入力してるけど、この項目、本当に必要なのか?」
  • 「注文書に記入欄があるけど、書かずに送っても何も言われないから、ずっと空欄のままFAXしてる」

 私も製造業に15年いたので、その「めんどくさい」という気持ち、痛いほどわかります。10分の作業を5分にするために8時間悩むような「効率オタク」だった私にとって、意味のわからない入力作業は“敵”でした。

 しかし、SEになった今だからこそ、断言できることがあります。

 その「一見ムダに見える作業」や「なぜか存在するデータ項目」を無視し続けることこそが、あなたの会社のDX(デジタルトランスフォーメーション)を失敗させる最大の原因であり、同時に最大の“お宝”をドブに捨てている行為かもしれない、ということです。

 「AIを入れれば一発逆転」なんて甘い話はありません。今日は、そんな薄っぺらい記事とは真逆の、泥臭いけれど本質的な「データ活用」の話をします。

15年いた製造現場の“あるある”:「担当者名」という参考値の“本当の”価値

 私は以前、ウエットスーツの製造現場に15年ほどいました。ウエットスーツは、一般的な洋服に比べ、非常に多くの箇所を計測して作る、ほぼオーダーメイドの世界です。

 オーダー用紙には、当然ながら採寸した数値が並びます。これは「意味がある」データだと誰でもわかります。

 しかし、その用紙の隅には「年齢」「性別」、そして「計測を担当した担当者の名前」といった欄もありました。

 実際、これらの欄は空欄のまま送られてくることも多く、空欄だからといってスーツが作れないわけではありません。現場も忙しいですから、いちいち電話して聞く手間を考えれば、そのまま作業を進めてしまいます。

 「じゃあ、やっぱり書く必要ないじゃないか」

 当然の疑問です。かつての私もそう思っていました。

 しかし、ベテランの職人たちは、その「一見ムダなデータ」を、極めて重要な情報として活用していたのです。

 例えば、「計測担当者の名前」。 採寸値というのは、悲しいかな、誰が測っても同じ数値になるわけではありません。人によって必ず“癖”や“精度”のバラつきが出ます。

 職人たちは、そのバラつきを「経験」で補正します。例えば、胸囲とウエストの差が極端な場合、「着れない」リスクを避けるために少し大きく補正する。あるいは「この生地は伸縮するから絞っても大丈夫」と判断する。

 ここに「担当者名」のデータが加わります。

 「A店のBさんが測った数値は、いつも少し大きめに仕上がる傾向がある」 「C店のDさんは、理論値通りに作ると『きつい』と修正依頼が来ることが多い」

 これらは、過去の修正依頼(クレーム)という「失敗データ」と「担当者名」を紐づけることで蓄積された、現場のベテランだけが持つ「暗黙知」です。

 彼らは、この「参考値程度のもの」を、感覚的ではありますが、極めて正確な「補正データ」として扱っていたのです。

DX失敗の根本原因。「ベテランの退職」で品質が落ちる本当の理由

 「ウチの現場でも、『〇〇さんの注文だから、これでいい』みたいな特殊な判断、よくあるよ」

 そう思われた方も多いでしょう。 それは、取引先が「緩い」とか「厳しい」とか、そういう単純な話ではありません。過去の「経験」と「失敗」から導き出された、その現場なりの「最適解(暗黙知)」なのです。

 ここからが本題です。

 あなたの会社では、そういった「暗黙知」を、しっかりとした「データ」として収集・活用できていますか?

  • 「あのベテランが辞めた途端、急に品質が下がった」
  • 「製造工程は何も変えていないはずなのに、なぜかクレームが増えた」

 もし、そんなトラウマがあるなら、それは必然です。 おそらく、引継ぎでは「この取引先はこういう設定で」「この部分はこうしてほしい」という、ベテランが導き出した「結果(具体例)」だけが伝えられたはずです。

 しかし、「なぜ、その判断に至ったのか」という「プロセス(=暗黙知)」は引き継がれていません。

 例えば、以下のような「言語化しにくい微調整」は、わざわざ引き継がれないことが多いのです。

  • 「このパターンの時は、あえて何も触らない(標準設定のままにする)」という判断。
  • 「この生地なら、鉛筆の線一本分だけ外側でカットする」という微細な補正。
  • 「このデザインの時はこうだけど、こっちのデザインの時はこう。どっちでもいいけど、こっちの方がやりやすい」という属人的な工夫。

 こうした「ノイズになりそうだから」「わざわざ言うまでもないから」「無意識にしていた」と引継ぎから漏れた「暗黙知」をゼロから習得するには、膨大な時間がかかります。私が目指す、「20年かかった技術を1年で伝授する」ことの難しさが、まさにここにあります。

 結果、引継ぎで具体例として挙がらなかった「その他の多くの取引先」の案件に直面した後任者は、どうするでしょうか?

 「マニュアル通りの方法」で作るしかありません。

 しかし、本当の品質は、マニュアルには決して書かれない、その「微調整」に宿っていました。 データ的には問題なく「良品」を作っているはずなのに、顧客からは「変わった」と言われる。

 これが、私が考える「品質が落ちた」と言われる本当の理由です。 技術的な腕の差も多少はあるでしょう。しかし、それ以上に「暗黙知」による「微調整」が行われなくなったことの影響が、はるかに大きいのです。

あなたの会社の「お宝データ」を見つける第一歩

 経済産業省が発行する「DXレポート」などでも、日本企業がDXを進める上で、この「暗黙知」をいかに「形式知(=誰もが使えるデータやマニュアル)」に変換するかが、最大の課題であると指摘されています。

(参考:経済産業省「産業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進施策について」

 「ウチはDXなんて無理だ」と諦めている経営者の方にこそ、知ってほしい。 DXとは、いきなりAIを導入することではありません。

 「一見ムダに見えるデータ」や「なぜか存在する入力項目」に、真剣に向き合うこと。

 これこそが、データ活用の第一歩です。

  • そのデータは、過去のどんな「失敗」や「クレーム」を防ぐために生まれましたか?
  • その「微調整」の判断基準は、会社の誰が知っていますか?

 それは「参考値」などではなく、あなたの会社の品質を支える「重要な要因」であり、未来の新人が「20年分の知見を1年で学ぶ」ための、何物にも代えがたい「お宝データ」なのです。

 かつて私が「非効率だ」と切り捨てそうになった作業。例えば、毎日書かされる「日報」もそうかもしれません(※過去記事)。何が「うまくいかなかった」のか、その「微調整」のプロセスを記録する仕組みさえあれば、それは宝の山に変わります。

結論:「めんどくさい」の先にしか、DXの答えはない

 「AIで一発逆転」を夢見る方には辛辣な真実ですが、DXとは、こうした泥臭い「めんどくさい」作業の棚卸しからしか始まりません。

 あなたの周りにある「なぜか存在するデータ」や「一見意味のない入力項目」。 それらは、本当に「ムダ」なものでしょうか?

 もしかすると、ベテランの職人さんが、過去の失敗から学んだ「知見」を、なんとか残そうとした“痕跡”なのかもしれません。

私は、製造現場の「もったいない」を知るSEとして、その「めんどくさい」に隠された「お宝データ」を発掘し、仕組み化するお手伝いをしています。

「ウチも同じ問題を抱えている」 「何から手をつければいいか、一緒に考えてほしい」

そうお考えの経営者様、ご担当者様。 まずは、あなたの現場の「めんどくさい」を、私に聞かせていただけませんか。


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